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江戸期の教育制度をたどる

近世岩国の学校 近世岩国の学校
  「御用所日記」などの古文書や図録から江戸時代の教育制度をたどった企画展「近世岩国の学校」が岩国徴古館(岩国市横山2)で開かれています。3月4日まで。月曜休館(祝日の場合は翌日)、入館無料。
幕藩体制が安定すると、大名は統治に専念することになり学問を身に着ける必要に迫られました。岩国では、4代目藩主、吉川広紀に儒者の宇都宮遯庵(とんあん)が講釈をおこなったのが始まりで、儒者たちが岩国藩における学問の振興を担いました。当初学問に接するのは、藩主とその周辺に限られていたいましたが、宝暦3(1753)年に藩の学事施設として横山講堂が設立されました。講堂建設は有能な藩士養成が目的でしたが、家格や家督相続者が職務を継承するため、教育はなかなか順調にはいきませんでした。そして文化9(1812)年には、藩の要職、樋口祥左衛門が学問の重要性と学事制度の整備を強く呼びかけ、錦見にも講堂が設けられ、藩士教育も広がりをみせ始めました。錦見講堂では、読み書きといった初歩的な学習のみならず、文学的素養の修練や武芸の稽古も行われました。荻生徂徠に師事した玉乃九華は
企画展「近世岩国の学校」

「藩士教育には学校建設が急務」と建言、文政3(1820)年から横山、錦見両講堂で教鞭を執りました。そして弘化4(1847)年、12代藩主、経幹(つねまさ)により藩校「養老館」が設立されました。養老館の総裁は藩の重役が務めるなど反省の一組織として位置づけらました。
  養老館の創設で武士全体に学びの場が設けられたものの、藩政の中核を担う組や家督相続者への教育に主眼を置いたものでした。安政6(1859)年の規則改定では、修業年齢の延長や通う藩士の拡大のほか、18歳になると全員受ける試験も設けられ、漢籍の素養や武芸がはかられ合格しないと職務に就くことや家督相続が認められなくなりました。こうして、藩士教育は充実していきましたが、慶応2(1866)年、養老館が火災で焼失し15歳以下に教育が限定されました。明治2(1869)年に学制が改められると、養老館は廃止され、文学校や兵学校など近代日本発展への礎となるような教育課程に改められていくことになったのです。【小中真樹雄】
近世岩国の学校 近世岩国の学校

【写真説明】左上=宇都宮遯庵像 右上=玉乃九華像 左下=養老館図 右下=養老館の建設を祝い玉乃九華がしるした「養老館記拓本」


運営:障害者ネットワーク推進センター
〒740-0018 山口県岩国市麻里布町2丁目3-10
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(火曜日・日曜日・祝日・年末年始12月29日~1月3日は除く)(開所時間10:00~17:00)